2007年10月13日(土) 01:00情報

以前、当ブログの中で、F1-モナコGPで激走したマンセルを取り上げたことがあった。その際、バイクレースでもそんな激闘があったなぁ~って回想して、ひとつの記事を仕込みつつあった。日本がバブル景気に加速していた1980年代後半から90年代にかけてのWGP(バイク世界最高峰レース)での名選手を調べていた。自分もバイクは嫌いじゃないし、実際に、小中学生の頃は、エディーローソンに熱狂していた訳で、誰が衝撃的だったかなぁ~、感動したかなぁ~ってヒーローを追っかけていた。

大分、原稿も書き上がっていたので、そろそろブログにアップしようと思ってた矢先に、阿部典史が、10月7日(日)の夜に交通事故で息を引き取った。32歳の生涯だった。

出来上がっていた原稿上のヒーローは、93年にSuzukiワークスチームで年間チャンピョンを取ったケビンシュワンツを特集していた。彼のデビューも衝撃的であったし、当時の鈴鹿ベストタイムをガンガン更新したし、ライディング姿勢が、出身地テキサスと絡まってロデオとも言われた。シュワンツの全盛期(92年~93年)に、最大で偉大なライバルであったウィンレイニーがGPレース中の事故で生死は免れたが選手生命を絶つこととなる。迎えた93年にシュワンツが生涯初で最後のGP年間チャンピョンになった際のコメントで、「彼の怪我が治るならチャンピオンなんかいらない。」とうれしさを表現できなかったヒーローの後姿がジーンと来た。シュワンツは、すごく格好いい、攻め続けたライダーだった。

なんでこうなるのか、シュワンツが、ゼッケン番号①で迎えた94年シーズン。新たなヒーローがWGPに鮮烈なデビューをひっさげて登場してきた。そのニューヒーローが、ノリックこと阿部典史(ヤマハ)だった。そのノリックが死んでしまった。なんでかなぁ~。ホンダにいたノリックを引き抜いたのも、チームレイニーだった訳で、車椅子生活のレイニーは、ノリックの死をどう受け入れるのかなぁ?

今日は、しんみりムードで、世界を最速で駆け抜けた天才ライダー=ノリック阿部への思いを込めて、ブログしたいと思います。ノリックの凄さ、なぜ、僕がシュワンツ特集を廃版にしてまでもノリックを取り上げたいのか? ご興味ある方は、右側リンクをクリック下さい。悲しいけど書く! 「My Best of Legends」


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