以前、当ブログの中で、F1-モナコGPで激走したマンセルを取り上げたことがあった。その際、バイクレースでもそんな激闘があったなぁ~って回想して、ひとつの記事を仕込みつつあった。日本がバブル景気に加速していた1980年代後半から90年代にかけてのWGP(バイク世界最高峰レース)での名選手を調べていた。自分もバイクは嫌いじゃないし、実際に、小中学生の頃は、エディーローソンに熱狂していた訳で、誰が衝撃的だったかなぁ~、感動したかなぁ~ってヒーローを追っかけていた。
大分、原稿も書き上がっていたので、そろそろブログにアップしようと思ってた矢先に、阿部典史が、10月7日(日)の夜に交通事故で息を引き取った。32歳の生涯だった。
出来上がっていた原稿上のヒーローは、93年にSuzukiワークスチームで年間チャンピョンを取ったケビンシュワンツを特集していた。彼のデビューも衝撃的であったし、当時の鈴鹿ベストタイムをガンガン更新したし、ライディング姿勢が、出身地テキサスと絡まってロデオとも言われた。シュワンツの全盛期(92年~93年)に、最大で偉大なライバルであったウィンレイニーがGPレース中の事故で生死は免れたが選手生命を絶つこととなる。迎えた93年にシュワンツが生涯初で最後のGP年間チャンピョンになった際のコメントで、「彼の怪我が治るならチャンピオンなんかいらない。」とうれしさを表現できなかったヒーローの後姿がジーンと来た。シュワンツは、すごく格好いい、攻め続けたライダーだった。
なんでこうなるのか、シュワンツが、ゼッケン番号①で迎えた94年シーズン。新たなヒーローがWGPに鮮烈なデビューをひっさげて登場してきた。そのニューヒーローが、ノリックこと阿部典史(ヤマハ)だった。そのノリックが死んでしまった。なんでかなぁ~。ホンダにいたノリックを引き抜いたのも、チームレイニーだった訳で、車椅子生活のレイニーは、ノリックの死をどう受け入れるのかなぁ?
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